嫌いでいるより、好きでいるほうが難しい。
お前は、これからどんな時が流れても、
私を想っていてくれるのか・・・。
その気持ちは重荷だよ、シリウス。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
もう彼から距離を置いて、何日が過ぎたろう。
あと数日後にはあっちに帰っていて、もう二度と、
ここへ帰ってくることはできない。
だからこそ、もうシリウスに思わせぶりな行動はしない。
むしろ、冷たく突き放して、記憶にも残したくなくなるような
そんな存在になってからここから消えたい。
「・・・。」
「リーマス。」
「寂しいね、もう二度と君に会えないと思うと落ち着かないね。」
「ありがとな、リーマス。」
「忘れないよ、良い友達でいよう。」
「ああ、リーマスの余りある甘党のセンスに驚いた日々は忘れねぇよ。」
「ははは、なにそれ。僕ってそんな存在なの?」
「リーマスは混乱担当だよ。」
「こそ。」
「光栄だな。」
「なにそれ。」
廊下で会ったリーマスが気さくに話しかけてきた。
彼の言葉によるとジェームズは私の別れを惜しんで毎晩のように
枕を涙で濡らしているらしい。(笑)
こっちの人たちとは仲良くさせてもらっていたから、
いざ、突然の別れがくるとなると寂しいのは本音だった。
「極上の悪戯を考えてるからって、ジェームズが。」
「あいつ魔法を使えない私にも容赦ねぇな。」
「僕も、その作戦には参加させてもらうよ。」
「望むとこだ。返り討ちにしてやる。」
「最後に忘れられない思い出を用意してるから。」
「ああ、もうすでにお前たちは忘れられない存在になってんよ。」
「光栄だね。」
「だろ?」
鳶色の髪の彼が穏やかに笑む。
もう、今日も終わりに近付いていた。
残り少ない時間が過ぎていく。
恐らくもう三日もここにはいられないだろう。
お別れがくる。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「。」
「・・・・・・シリウス。」
何日振りの会話だったろう。
寮に帰る途中、彼に出会った。
暗い廊下の先、彼の表情までは読み取れなかったが、
声色から、彼は笑っていることはなさそうだ。
それ以上の会話を拒否したくて、
彼の横をすり抜けて歩いていこうとした時だった。
どんっ
すごい勢いで壁に叩きつけられるように押し付けられた。
冷たい壁が服越しに背中に伝わる。
が、妙に痛さの方が頭に残った。
「シリウ・・・・」
「どうして、避ける。」
「お前には嫌いだと宣言した。」
「・・・・・・・・・。」
「大嫌いだ、シリウス。」
「・・・・好きだ。」
「放せ。」
「ここに残ると言ってくれ。」
「そんな約束はできない。」
「・・・・・・・行くな、。」
押し付ける腕に力がこもって、息苦しくなる。
肩に当てられた彼の額が震えているのがわかる。
自分がもし、こんな状況に陥ったら、彼と同じようなことにあるだろう。
好きな気持ちは止められない。
諦めきれない、その気持ちもわかる。
自分も彼の隣りには自分がいてほしいと思う欲があるように、
彼には自分がたまたまその存在になってしまっている。
誰にも奪われたくなくなる・・・それこそが恋だ。
「好きなんだ。」
「お前は馬鹿だよ、シリウス。」
「どうして、俺じゃない。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「お前が初めからこっちの世界の人間だったら・・・」
「・・・・・・・・・・・。」
「そいつより先に俺と会っていれば・・・・」
「・・・・・・シリウス。」
「お前は俺を見てくれたか?」
肩から離れた額、彼の上げられた顔の目と目が合う。
暗いながらにうっすら見える彼の真剣な瞳が
妙に視線を逸らしたくなる。
いつの間にか密着した状態に身動きが取れなくなる。
「・・・・・私が想うのは彼のみだ。お前を想うことはない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「”もしも”なんかあり得ない。
もうすでに手遅れな話だろ?お前は彼の後に出会った人間だ。」
「・・・・・・・好きだ。」
「・・・・無理だよ、シリウス。」
「・・・・・・・・・・・・・・・好きだ。」
「・・・・・・・・。」
久々にこんな近い距離で話をした。
彼の顔は少し疲れ気味だった。
いつもジェームズの隣りで無関心にクールな態度を取っている彼とは思えないほどだった。
「・・・・・・・・・・・。」
「放せ、シリウス。」
「・・・放したら逃げていくだろ。」
「・・・・・逃げるんじゃない。お別れなんだ。」
「俺は・・・どうしたらいい。」
「・・・・・私を忘れて、他の人を探せ。」
「・・・・・・・・・・・無理だ。」
「シリウ・・・「好きなんだ。」
頬に、彼の骨ばった手が添えられた。
「お前しか、考えられない。考えてない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「この気持ち、どうしたらいい。
一日中、馬鹿みたいにお前のことばかり考えてるこの気持ち・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
「俺には・・・お前しかいないんだ。」
「・・・・・・・・私も、彼しか考えられない。」
「・・・・・・・・・・そいつを殺したい。」
「物騒だな。」
「・・・・そいつに俺は何が劣ってる?」
頬をなぞる指が、顎を捉えた。
ぶつかる視線に、目を逸らすことができない。
「ごめんな・・・ワガママだ。」
「・・・・・・・・・・。」
突き飛ばす自分の腕の先に見えた彼の後悔の色。
駆け出す自分の足は、もう自分の意思は関係なく動いた。
「俺の全てが、そいつより劣ってるって知ってるさ。」
その時、自分の唇に彼の唇が触れた。
「それでも、俺の気持ちはそいつより劣ってるって
認めるわけにはいかねぇ。」
唇の余韻に浸りたい気持ちが、
あの揺れる彼女の瞳によってかき消された。
また、自分の行動に後悔した。
久しぶりの彼女が、傍にいることで自分を見失ってしまっていた。
「もう、自分を抑えることができねぇ。」
彼女の気持ちも関係なく、
どうしようもない馬鹿になっていることも理解し得ている。
もう、彼女以外なにも見えない。